題字:加藤アスケ


バックナンバー : 第1回第2回|第3回|第4回第5回第5.5回第6回


第3回

◎すくみずの魅力について〜その3

多くの人間が共通の話題にできるモノというのは、そのモノ事自体の魅力は勿論の事、コミュニケーションツールとしての魅力も持ち合わせています。

例えば、世の中には「好きな音楽は?」という質問に「売れている音楽」と答える人がいますが、そういった人々は、音楽に「話題性」や「ファッション」としての要素をより強く求めている人だと言えます。時として、そういった人に対して「音楽をわかっていない」と非難を浴びせる方がいますし、言われた側も、その非難に対して卑屈になる事があるのですが、それらは間違いでしょう。人間はコミュニケーションを求めるものであり、コミュニケーションの手助けとなるモノに魅力を感じるからです。ですから、ある特定のコミュニティ(教室、職場等)の中で共通の話題となる「売れている音楽」に魅力を感じるのは、人間として真っ当な感覚であると、そう思います。


さて、以前都内のある公園に遊びにいった時の事ですが、そこには「はらっぱ遊び」ができるという土の広場がありました。所謂「懐かしい遊び」を現代の子供達に楽しんで貰おうという主旨のもので、竹馬やベーゴマ等の遊具が設置されていました。その日は多く親子連れで賑わっていたのですが、特に竹馬の人気が高いようで、お子さんに乗り方を教えたり、手本として器用に駆けたりしているお父さん・お母さんたちの姿が印象的でした。正直、子供以上に親御さん達が楽しんでいたようにも見えました。


ちなみに、それを見ていた私もウズウズしてしまい、年甲斐も無く竹馬で遊んでしまいました。私の場合、子供の頃からどちらかと言うとインドアな方で、決して運動が得意ではありませんでした。体育成績は下から数えた方が確実に早い子供で、運動は嫌っていました。しかし、そんな私でも子供の頃は竹馬で遊んだものです。近所の友達の家にも、大抵ステンレス製の竹馬があった事を憶えています。それぐらい、一昔前の日本では、竹馬はメジャーな遊びでありました。

そんな訳で、おそらく「はらっぱ遊び」を仕掛けた主催者も、本音としては親御さん達の世代をターゲットにしているのでは無いかと感じました。市場的に、子供達を落とすにはまずその親達を落とす。その親達の世代にとって誰もが喰い付く可能性のある「懐かしい遊び」を提示して、親子で楽しんでもらう、といった狙いです。そして、親子で楽しむことで、その「懐かしい遊び」は「親子間での共通の話題」になったのではないでしょうか。




別の話題。
とある学生街の居酒屋での事。春なので新歓コンパでしょうか、十人程度大学生達がワイノワイノと酒の席を楽しんでいました。その時、彼等が話題にしていたのはポケモン。そう、最初にポケモンブームの洗礼を受けた小学生達も、いまや成人なのです。「151匹何がいたっけ」とか「今もずっとシリーズを遊んでいる」とか「もう、10年前かよ」とか、それぞれに盛り上がっていました。思うに、こういった席において、知り合って日の浅い人達にとっては、「ポケモン」は格好の話題だったのではないでしょうか。社会現象にまでなったブームというのは、誰もが否応なしに巻き込まれているので、まず話題にのっていけない人がいるとは考えにくいからです。仮にこれがもう一回り上の世代であるなら「とりあえず話のネタに困ったらガンダムの事でも喋っとけ」といった具合です。

上記の「竹馬」にしろ「ポケモン」にしろ、ある特定(の地域・世代)の人々が共通して体験しているような事象を「共有体験」と呼ぶ事にします。なんらかの「ブーム」であったり「受験勉強」であったり。国家レベルでの共有体験となると、それは歴史と呼ばれたりします。「今のお爺さんお婆さん達にとって太平洋戦争は共有体験だ」といった訳です。

さて、前置きが長く&でかくなってしまいましたが、何が言いたいかというと「スク水は、多くの日本人にとって共有体験であり、誰もがスク水について何らかの記憶があり、誰もが話題にできる」という事です。
「スク水」というと、非常にマニアックな印象を受ける方が多いことでしょう。実際、マニアックな側面は非常に高いです。しかし、その一方で「スク水」を知らない、見た事がない、何の思い出もない、といった人は希であると思います。日本の就学率が非常に高く、誰もが学生生活をおくった経験があります。そして、学生生活には大抵、水泳の授業が含まれており、そこにはスク水が存在します。
実際「すくみず2」の企画について話をした場合、この企画が売れるかどうかは別として、とりあえず多くの人からスク水について何らかのリアクションを頂けます。男性の場合「何年生まで着替えが一緒だったか」「水泳の授業の時に同級生の女子に目を合わせられなかった」とか、女性の場合「スク水はダサくて嫌だった」「水泳部のコの水着がカッコよくて羨ましかった」とか、それぞれにネタが出てくるものです。

このように、スク水には、それ自体の「物としての魅力」以外に、誰もが話のネタを持っている「共有体験」としての魅力が備わっています。また「スク水」が共有体験である事は、「学生生活」が「共有体験」である事に起因するわけですが、その「共有体験」をカタチにしようとした時に、スク水ならば(学生服と違い)誰もが、かなり限られたカタチをイメージ出来る点も、良い事だと思います。


さて、フェティッシュとは本来「物」を愛でる心である訳ですが、スク水についてはむしろ「物をとりまく事象」に多くの魅力があると考え、その魅力について語らせていただきました。対して次回は「スク水と良く似たものでありながらマテリアル的な魅力をより強く持つ呪物(フェティッシュ)」=「競泳水着」についてお話したいと思います。

次回「競泳水着」に続く
テキスト:
大洲五郎
イラスト・題字:
加藤アスケ